大阪高等裁判所 昭和54年(ラ)712号 決定 1980年2月26日
七一二号事件抗告人原審相手方 石田忠
七一三号事件抗告人原審申立人 石田多恵子
主文
原審判を取り消す。
本件を神戸家庭裁判所尼崎支部に差し戻す。
理由
第一抗告の趣旨及び理由
原審相手方については別紙一、原審申立人については別紙二記載のとおりである。
第二当裁判所の判断
一 原審相手方の抗告について
1 原審が婚姻費用分担額の算定にあたつて用いゆるいわゆる労研生活費方式は、生活費に関する専門的機関が行つた実態調査に基づき、健康で文化的な最低限度の生活をするにはどの程度の生活を必要とするかという観点から算出した性別・年令別・作業度別・就学程度別の総合消費単位を基礎として、婚姻費用分担義務者の収入のうちどの程度の割合を負担させるのが妥当であるかを決するものであるから、右方式による算定の過程において必ずしも別居中の夫及び妻子の現実の支出額を個別的・具体的に確定しなければならないものではないし、また、夫の収入額から一定割合による職業経費を控除しなければならないものでもない。原審判は、光宏については、昭和五二年一月以降原審相手方がその生活費、教育費等を支弁していることを前提として右労研方式に従い婚姻費用分担額を算出しているのであるから、抗告理由2、4はいずれも失当である。
2 本件記録を精査しても、抗告理由1及び3に主張する送金あるいは支払の事実を確認することはできないから、この点に関する主張はいずれも採用の限りでない。
3 本件記録によると、原審申立人は、昭和四八年九月ころから現在に至るまで○○○医院において毎月末より翌月六日ころまでの間健康保険の医薬点数計算等の医療事務を手伝い、昭和五〇年三月以降は一か月平均四万五〇〇〇円の収入を得ていることが認められるから、右収入及び原審相手方の収入を合算した額を前記消費単位によつて按分して婚姻費用分担額を算出すべきことは当然であつて、それにもかかわらず原審申立人の収入を女子従業員の平均賃金により算定すべきであるとする抗告理由6は採用することができない。
4 本件記録によると、現に原審相手方と同棲中の田村英子が昭和五三年度において二一六万円の給与所得を得、租税、社会保険料等を控除した残額は一八〇万二一二〇円であることが認められるが、右所得が実質的には原審相手方の所得にほかならないと認めるべき的確な資料はなく、後記のように婚姻費用分担額の算定にあたり同女の生活費を斟酌すべきものでない以上、同女名義の給与所得をたやすく原審相手方の所得と同一視することは許されないものといわなければならない。
二 原審申立人の抗告について
原審判によると、原審相手方が昭和四六年ころから同棲し共同生活を営んでいる田村英子について、事実上主婦の立場にあるものとみなし、その消費単位を八〇として婚姻費用分担額を算出していることが明らかである。
しかし、夫は、まず別居中の妻子に対し、夫の収入と見合いかつ夫自身の生活を保持するのと同程度の生活を保障すべきものであつて、仮令夫が現に他の女性と同棲し、そのために生活費を支出しているとしても、法律上婚姻継続中の妻との関係においては、右同棲中の女性に対する生活費は婚姻の結果たる費用でないのはもちろん、夫自身の生活費ということもできないから、これを婚姻費用分担額の算定にあたり斟酌することは許されないものと斛するのが相当である。したがつて、原審判は、田村英子の生活費(主婦としての消費単位)を考慮した点において婚姻費用分担額の算定を誤つたものといわなければならないが、原審判は、他方において、前記のとおり同女の給与所得を実際は原審相手方の所得であるとして右分担額を算定しているのであり、これらの点を勘案すると、本件については、原審において更に審理を尽くしたうえで分担額を決定するのが相当である。
三 よつて、原審判を取り消し、本件を原審に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 大野千里 裁判官 岩川清 裁判官 島田禮介)
抗告理由書<省略>